服部芽生は鎌倉在住の若手写真家だ。
今回ビスケットギャラリーのオープニング展「biscuit gallery Opening Exhibition Ⅱ」にて国内では初となる展示を行った。
展示されている作品は《Shake》、《浸食/Erosion》、《House》の3点と、〈デジャヴ/Deja Vu〉シリーズ、本年の新作〈Became Blue〉シリーズの計15点。
これまでウェブサイト上で見てきた彼女の作品とは異なる、新たな表現への試みがなされており見ごたえのある展示となっていた。
「なんでも好きなものを撮ると良いよ」と7歳の誕生日に渡されたのがカメラとの出会い。以来、26歳になる現在までシャッターを切り続けてきた服部。作品制作にはフィルムカメラを使っている。
今、スマートフォンで撮影して、その場で撮影した写真を確認するのは日常的な行為になっている。一方、フィルムカメラでの撮影は、写真を確認するまで手間と時間がかかる撮影方法である。暗室でフィルムを現像液につけてはじめて撮影した像が浮かび上がり、その後に複数の工程を経て、ようやくプリントできる段階になるのだ。
彼女は、現像までの工程を経て、そのときに撮影時の記憶や感情が蘇ってくる感覚を大事にしたいのだという。昨年自宅に現像室を作り、より一層作品制作のプロセスや技法にもこだわるようになったそうだ。
そして、現像後の写真には、トリミングも画像ソフトでの修正も行わない。それは写真は真実を写すものであってほしいと思っているからだという。使用するカメラやフィルムの個性を考慮し、構図を考えて撮るのは勿論のこと、撮影までにも時間をかけ、何度も同じ場所に出向いて、その場所の移り変わりを撮る。その場所の変化とともに、自分の心情の変化を写したいと思い制作しているそうだ。
彼女が真摯に被写体に向き合う眼差しは、作品をみれば伝わってくるだろう。
最初に展示されている「揺れる/Shake」、「浸食/Erosion」、「House」は彼女が得意とするスナップショットに分類される作品だろう。
そっぽを向いて丸まった少女を優しく包む光。空を覆い尽くすように伸びた生命力を感じる木の枝。
歩き慣れた散歩道や子供に向ける、彼女のあたたかい眼差しが感じられる作品だ。
なかでも、「House」は花咲く生け垣のある家の屋根の形に重なって、幾重に連なる電線が画面に反響する緊張感が捉えられている一方で、ぽつんと生け垣を見つめる男性の存在がこの写真に非日常的な印象を与えており面白く感じた。
次に展示されているのは、一転して雰囲気の変わる〈デジャヴ/Deja Vu〉シリーズ。
これらの作品は撮影から現像まで数ヶ月期間をあけ、撮影した瞬間の記憶や感情を曖昧にさせて、撮影した記憶がおぼろな写真を選び取った作品だ。
記録に残っているのに、彼女の記憶には残らなかった写真は、しんと静かだ。
じっと見つめていると、ただ一人でこの光景に投げ出されるような感覚がする作品群。
撮影者の眼差しや感情というのは、記憶を通して写真上に再現されていくのかと考えさせられた。
最後に展示されたのは、今年の新作〈Became Blue〉シリーズ。
鮮やかな青色の画面から浮かび上がる、ほっそりした白い光や、連なる山々のかたち。一見すると青い絵の具で描かれた絵画のようだが、これらも写真作品だ。現代ではあまり馴染みがないが、写真表現にはカメラを用いないものがある。
〈Became Blue〉シリーズは写真の古典技法のひとつのサイアノタイプと呼ばれる方法で制作されている。日本では青写真と呼ばれたものだ。建築図面の複写に長く使われた方法で、そこから意味が転じていき、将来の計画などを指して青写真というようになった。
実際どのように制作されたのかというと、No.13は特殊な薬液を塗った印画紙の上に流木を置き日光にあてたもので、No.14は印画紙を海の波を時間差をつけてあてたもの、No.17は印画紙を草むらに置いて草花の影が風でゆらめく様子を写し取ったものだそう。
紙の上に閉じ込められた海の音や、風のゆらめき、その時間を感じられる作品となっている。
もともと、実験的な写真に興味があったという服部。
今後はサイアノタイプの他に、ガムプリントやケミグラムで制作を行いたいという。
ガムプリントは、20世紀末にまだ芸術として認められていなかった写真の芸術性を確立するために、絵画的な写真を目指したピクトリアリズムの動きの中で広く使われた代表的な印画方法で、ケミグラムは現像液や定着液を用いて印画紙に絵を描くように表現する方法だ。日本ではケミグラムを用いて作られた作品は殆ど認知されておらず、珍しい手法となる。
一体どのような作品ができるのか興味深く、今後の作品発表が待ち遠しい。
Photo:Ujin Matsuo
櫻井千夏
Chinatsu Sakurai